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お久しぶりです。大和魂です。SOFTBALL解散というニュースを聞き、正直驚きました。
SOFTBALLには、とても感謝しています。俺がSOFTBALLと出会うまで、あまり関心をもっていなかった日本人として知っておくべきこと、そこから平和について考えなくてはいけないことなどを教えてくれたと思います。俺は日本が大好きです。俺に大和という名前を考えてくれた四国に住んでいる祖父にとても感謝しているし、この名前に恥じないように日本人の精神を大事にしていきたいと思っています。
SOFTBALLありがとう。ラストツアーがんばってください。

【解散】という葉書が送られてきた時、正直、信じられなかったと同時になぜか怒りを感じた。私がソフトボールを好きになってから、4、5年が経つ。この間に私自身、十代から二十代へとなり、生活や考え方の変化に悩み、苦しんだ。そしてもちろん楽しいこともたくさんあった。その中でソフトボールに何度救われただろうか…たった5年しかソフトボールと生きられなかった、ということに怒りが込み上げてきた。歌詞や曲がいいだけではない、彼女たちの存在が私にとっては誇りだった。時間が経つにつれ悲しさや懐かしさが募る。ソフトボールと共に成長することができて本当に良かった。きっと私の中でいつまでも、ソフトボールは存在し続けるだろう。
ソフトボール解散...
正直残念でたまりません。色々な事情があったと思いますがメンバーの個人は音楽辞めるとかは無いことを願っています自分は住んでいるところが沖縄ってことで戦争の爪痕が内地の人より身近にあるせいかもしれませんがぐっときました。
田舎のおじいちゃんとかにも戦争の話を聞いていたこともあったので自分と同年代でこんなに戦争のことを考えているバンドなんで尊敬もしていました。
自分以外のファンも勝手ながら復活を願っているとおもいます自分は住んでいるところが遠いので、金銭面の都合で一回もライブに行ったことがありません。これを逃したら、復活しないかぎりみれないので遠征しようとおもいます!楽しみにしています!!
ありがとうございました!!!
かのジョン・ライドンは「騙された気分はどうだい?」「金のための再結成だ」などことあるごとにいろんなことを口に出してきました。一方、そんな彼に「コメディアン」とヤユされたジョー・ストラマーは、良くも悪くも、利口さや狡猾さというものを押し殺してまで最後の最後まで自分自身と対峙し続け、そのまま突っ込んで逝きました。おこがましいですが、SOFTBALLの三人にはジョーであってほしいというか、解散後の方が自分自身と対峙する辛さみたいなものがデカイと思うしそういう意味で「これからもがんばってください」というか…。そんな感じです。
最後のツアー、体に気をつけてがんばってください。では。
こんにちわ、初めてメールするわけじゃないのですがはじめまして。ともこと言います。
私は今、ペルーに来ています。3月10日に出発する直前に、解散の話を聞きました。
ショックでした。これから、ファンクラブも入って時間と金に余裕があれば、オーストラリアも行こうと思っていたところです。
あたしがSOFTBALLと出会ったのは4年前くらいでした。
初めてライブに行ったのは3年前。そのころは、はるなチャンが入りたてで油がのってきた(?)SOFTBALLでしたね☆。REMEMBER THE HILLが発売されて、あたしはもっとSOFTBALLが好きになりました。
さて、そんな話は置いといて去年、川崎チッタの公開ライブがあたしにとっての最後のSOFTBALLになってしまったわけですがあの日、どうしても写真を渡したかったですね。その写真というのは、清水のJAMJAMでアインシュタインツアーの時、撮ったもの。もう、「はぎ」君が送ったかな?これは、もう一生もんになちゃった・・てこと。あと、今もペルーで来ているんですがRIEのサイン入り★、B29Tシャツ!あたしの宝物です!
MOEのリリックと声が好きだった。
RIEのハモリとピアノ、ハイハットが好きだった。
HARUNAの指ベースが好きだった。
あたしは、つい3ヶ月前からベースをはじめました。この年齢になって、やっと本気ではじめたいと思った。今やっと弾けるようになったのは「FORIGN LAND」と「THINGS」だけ・・。でも、いつかSOFTBALLのコピーでBass/Voをやりたいって思ってるところ。4月から就職するし、最後の一人旅かもしれないしMOEちゃんより、1つ年上だけど(笑)あたしは音楽を忘れたくない。オカリナ持って、旅に出たしヘッドホンではSOFTBALL。家に帰ったら、ベースとアンプ、そして新入社員研修が待ってるけど。
イマイチ、何が言いたいメールなのかわからないけどまとめます。
あたしがSOFTBALLのみんなに言いたいこと。
異国の地を旅しながら考えていました。

音楽を捨てないで。

自分の野望を捨てないで。

自分の野望を叶えるために多くの犠牲が生まれることを忘れないで。

最後に頼れるのは自分だけだし最後に自分を見捨てないのも、自分だけだけど今まで出会った人のことを決して忘れないで自分に不利益な出会いであっても、決して忘れないで。

平和を望む後ろには平和を望まない人たちもいてその人たちすべてに、それぞれの野望があることを忘れないで。

最後に自分が尊敬に値する人間だと言うことを、決して忘れないでください。

いつか、あたしはMOEちゃんとたくさん話ができたらいいなって、いつも思っていました。普通の道を登る、普通じゃないあたしはもっと普通じゃないMOEちゃんに憧れていたし普通のあたしは、普通のMOEちゃんに憧れていた。残りの大学生活もがんばってください。みんなの今後も、知ることができたらいいんだけどあたしも、まだ22歳だし、もっといろんなこと挑戦するぞ!
写真は、そちらがよければ送ってもいいでしょうか・・?それでは、Hasta Luego★
O.T


今回のSOFTBALL解散、本当に様々な原因があるのだと思う。
けれどSOFTBALLは今までにわかりやすい位、僕らに多くのメッセージを伝えてくれました。
それに僕らが受け答えなくてどうする?
「今までのメッセージは、SOFTBALLからみんなへバトンタッチです」
このメッセージを本当に理解するためには、僕らもまた、多くを知っていかなければならないと思う。
SOFTBALLに全てを依存するんじゃなくて、僕ら自身で歩き出さなければならないんだ!
真実を伝える事が一筋縄で行く事ができない現実に僕らは触れ、悲しみに暮れる。
けれど僕らは前へと歩き出さなければならない、止まっていても、何も見えてはこない。
現実に起こった事の真実は、いつも多くの情報に覆い被される。
でも、自分という物を見つめていく中で、それがおのずと見えてくる気がします。
まさに自分自身への『ANSWER』。
このつよがりを『自分自身』にするためにも、僕はまた歩き出します。
SOFTBALLの皆さんにはけして「お疲れ様でした」とは言いません!
「ありがとう」って、その一言を僕は言いたいです。
これから先、どんどんとこの国には『異国の出来事』止まりの事が
『現実の出来事』になろうとしてきています。
その事に少しでも多くの人が気付いた時、もう既に手遅れだったという事がない事を祈りながら。
僕なりの『日本精神』を呼び覚まそうと思います。
本当に、ありがとうございました。

オダ
SOFTBALL解散、ショックです。
彼女等の歌や曲であたしは戦争のことや自分自身のことについて考えました。
その結果、もっともっと身近な人達にも聞いてもらいたいと思い、コピーバンドとして約1年半活動して来ました。ライブには一度しか行ったことが無かったけど、素直にスゴイと思いました。もっと行きたかった。横浜に来て欲しいと思ってたし。

あたしはZEROではじめてSOFTBALLを知りました。友達に貰ったCD。それからもうすぐ2年が経ちます。いろいろな曲の中で、今でも一番好きな曲です。これからもSOFTBALLを聞きつづけます。全曲マスター目指します。あたしも、あたしと組んでくれているバンドの仲間も戦争反対!!
ファンクラブ入りたかった〜
横浜市 あいより
SOFTBALLの解散にはとてもビックリでした。
僕がSOFTBALLを知ったのは「REVIVE」の頃からでした。初めてPVを見たときなんて躍動感のあるグループだと思いました。
僕が受験勉強の時はアルバム「八紘一宇」が僕の気持ちを大きく盛り上げてくれたおかげ無事志望校に合格することができました。そんなSOFTBALLが解散されることはとても辛いです。
これから世界状況は大きく変わるとは思います。世界の明日も想像することもできない日々が続くと思います。ですがSOFTBALLの皆さんが伝えたかったことは決して間違いではなかったと思います。
SOFTBALLの皆さんはこれから一人一人それぞれの道を歩むと思いますが、僕は今と変わらず応援していきたいと思います。最後の名古屋LIVE頑張ってください!!〜いままでお疲れ様でした〜
P・Nよしひろ18歳<名古屋>

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