1998年、高校2年で衝撃的なデビュー。
最年少PUNK BANDとしてもGIRLS PUNKとしても数々の音楽史の記録を塗り変え、海外でもアメリカ、台湾などポリティカルな活動に力強い支持を受けてきた。
2003年4月、惜しまれつつ解散。

▼SOFTBALLへのメッセージ▼ 解散から月日が経ち、今だ寄せられる数々の思い…。
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▼ SOFTBALL アーカイブス ▼ (当時のサイトの1ページを復活)
>> 2000年6月4日 渋谷109にて…

LIVE DVD/VHS
INDEPENDENT FILM
LAST TOUR DVD
八紘一宇TOUR
LAST LIVE DVD
<限定発売> -完売-
Last full album
八紘一宇
MAXI SINGLE
HISTORY
MAXI SINGLE
童部-WARAWABE-
LIVE DVD / VHS
REMEMBER THE ZERO-FIGHTER
2nd full album
Lamp
MAXI SINGLE
REVIVE
MAXI SINGLE
REMEMBER THE HILL
MAXI SINGLE
JUST TRY IT
MAXI SINGLE
ZERO
US盤
tenku
WORLD RELEASE CD/EP
SOFTBALL
1st full album
天空
1st mini album
水母

SOFTBALL 第1期
(1998.8〜1999.8)
Gt&Main Vo: MOE / Dr&Vo: RIE / Ba&Vo: NOMIYA
SOFTBALL 第2期
(2000.3〜2000.7)
Gt&Main Vo: MOE / Dr&Vo: RIE / Ba&Vo: EMI
SOFTBALL 第3期
(2000.8〜2003.4)
Gt&Main Vo: MOE / Dr&Vo: RIE / Ba&Vo: HARUNA

1998
03 高校の同級生、MOE、RIE、NOMIYAでSOFTBALLを結成。当時、メンバー全員16歳。
08 コンピレーションCD "PUNKER SHOT 2"に参加。
1999
03 1st MINI ALBUM「水母」を発表。
08 アメリカ、カリフォルニアでのレコーディング&ツアー。
12 1st FULL ALBUM「天空」を日本先行発売。
2000
01 TBSテレビ BLITZ INDEX のオープニングにALBUM「天空」から“Things”が使われる。
02 ワールドリリースコンピレーション「CULTURE SHOCK PUNK ROCK」に、SNAIL RAMP、NICOTINE と共に参加。
03 SOFTBALL、POTSHOT、THE CHINKEES、MU330と共に全国7ヶ所ツアーを行う。
06 渋谷109前にてゲリラライブ敢行。予想を遥かに超えた数千人の観客の動員でステージが壊され、負傷者続出の騒ぎとなる。
07 5千人以上を動員した代々木公園野外ステージのイベントに出演。SOFTBALLの出番と同時にヒートアップしたファンが一斉にステージに駆け寄り将棋倒しになるなど、白熱したライブを展開。改めてバンドの強烈な支持者の多さを体感。※TV朝日「BREAK OUT」ALL JAPAN INDIES RANKING TOP20に半年以上に渡りランクインを続ける。
07.24 新メンバー"HARUNA"が、Bassとして加入、ずば抜けた才能の17才。活動に拍車をかける。
09 FATレーベル在籍のオーストラリア最大のPUNK BAND「FRENZAL RHOMB」とのJAPAN TOURを敢行。各会場ともSOFTBALL企画ライブでは最高の動員を記録。
11 KEMURIとのLIVE。
中国でのROCK売り上げチャートで2位となる。1位はHi-STANDARD、3位はNICOTINE。
11.30 TVKテレビ系 優香のMusic Premiumで"SOFTBALL特集"を放送。
12.01 disk union 2000年BEST CDに、GREEN DAY、 RANCID、KEMURIなどと共に、SOFTBALL「天空」が名盤として選ばれる。
12.24 ラフォーレ原宿、ラフォーレミュージアムでのHANG OUT公開録画。トリの"小島"の前にリハ無しの飛び入り参加。満員のホール800人を越えるオーディエンスに、SOFTBALL流のPUNK ROCKをぶちまけた。ラスト曲BABYでは盛り上がりは頂点に達し、またもや足に16針を縫うほどのケガ人を出してしまった。この日から日本でのLIVEの自粛に入る。
12.31 TOWER RECORDS 2000年、年間売り上げ、インディーズTOP10に「天空」が入る。
2001
01.20 台湾でのライブ。台湾での歴史始まって以来での動員数、LIVEも爆発的な盛り上がりをみせ歴史を変えた。SOFTBALLの事は台湾のTVニュースでも取り上げられ、台湾政府までもが動き出した。
02.20 4/6発売のNEW MAXIのイニシャルが2万枚を突破、メジャーからの高額契約の誘いが殺到。
02.20 ヨーロッパを代表する化粧品ブランド「シュワルツコフ」のCM音楽に「JUST TRY IT」が抜擢され、ゴールデンタイムを中心にON AIRされた。
02.25 台湾独立運動でのLIVE、今や世界で一番関心の高い中国からの台湾独立問題で、台湾の市民5000人が集まる集会に、SOFTBALLが身を張ってのLIVE。これまた無関心の日本政府より先に行動をとる。この模様は台湾の各放送局のニュースで取り上げられ、台湾独立運動の見出しにはSOFTBALLのLIVEの模様が使用された。良くも悪くも全土にSOFTBALLのLIVE映像が流れた。
04.06 1st MAXI SINGLE「ZERO」リリース。初の日本語歌詞ということもあって、SOFTBALLの持つメッセージがより多くのリスナーに浸透。オリコン週間チャートでは 最高位50位を記録。インディーズチャートでは2ヶ月間1位をキープ。
05.06 "MOON LIGHT TOUR"スタート。渋谷ON AIR WEST、5/8 名古屋APOLLO THEATER、5/10 大阪十三FANDANGO SEからダイブとモッシュの嵐となり、会場のテンションは終始上がりっぱなしであった。
06.11 初のバンドスコア"SOFTBALL SPECIAL SELECT" を発売。カラー10ページ にわたりメンバー からの熱いメッセージが掲載された。
07.25 2nd MAXI SINGLE「JUST TRY IT」をリリース。台湾盤の訳詞に小林 よしのり氏の「台湾論」でも有名なエッセイスト謝 雅梅さんが担当。台湾への強烈なメッセージが込められた本作品は、歌詞の内容・ジャケット共に社会的影響が懸念され、リリース自体が危ぶまれた。リリース直前にはジャケットの絵が剥がされるなどの困難を乗り越えたSOFTBALL渾身の一枚。また、オリコン週間チャートでは最高位37位に食い込む。
07.28 日本統治時代のワイン工場跡地で行われた、台湾最大のROCK FESTIVAL "FORMOZ FESTIVAL 2001"に出演。台湾への応援歌「JUST TRY IT」「0228」をひっさげ、共演のバイオハザード、メガデスを尻目にSOFTBALLは今イベントで一番凄く会場を熱狂させた。
08.14 ZEPP仙台にて"ATF 2001"に出演。SNAIL RAMP、PENPALSと共演し、強豪ぶりを発揮。
10.21 新宿LOFT "TIGER HOLE COLLOSSEUM Vol.7" 『PENPALS vs SOFTBALL』  熱いLIVE模様を"REMEMBER THE HILL"のPV用として撮影。
11.17 真珠湾攻撃の雷撃隊 前田 武さんとの対談
11.23 高田馬場CLUB PHASE "A MESSAGE TO COPY BANDS FROM SOFTBALL " 全国多数の応募の中から厳しい選考の結果、選び抜かれた7組の個性溢れるSOFTBALLコピーバンドが出場した、初のコピーBAND大会。
12.03 真珠湾攻撃の歴史的な日、12/8を目前に特攻隊の心情を歌った唄、3rd MAXI SINGLE 「REMEMBER THE HILL」をリリース。これを期に全国から元特攻隊の勇士や遺族からも応援の手紙が沢山届いた。海底に沈む零戦のジャケットの絵にも各国からの反響が凄かった。そのプロモーションビデオはアメリカ同時多発テロの影響もあり、放映が制限された。
12.07 ハワイで開催された開戦60周年記念日米友好親善の会の席で、アメリカ戦艦の乗員達を含む日米の出席者に"REMEMBER THE HILL " が紹介され、曲を聴いた全員が「素晴らしい」と感動。国境を越えたメッセージが、外務官僚でも成し得ない、意義ある交流の場をSOFTBALLは創った。
12.22 CX系列 "FACTORY"公開収録に出演。MC無しのスピード感溢れるライブパフォーマンスで、会場を埋め尽くした人々を興奮と熱狂の渦に巻き込んだ。
12.23 "REMEMBER THE HILL TOUR" スタート。渋谷 ON AIR WEST、12/26 名古屋 APOLLO THEATER、12/27 大阪心斎橋 SUNHALL  渋谷公演のライブ模様は、3/6発売のVIDEO・DVDに収録された。
12.27 4th MAXI SINGLE "REVIVE" リリース。沖縄の廃虚ホテルで撮影されたビデオクリップが話題に。
2002
01.17 2nd FULL ALBUM "Lamp" をリリース。「戦争と守るべき風景」というコンセプトを打ち出し、多くのリスナーの心を捕えた。オリコン週間チャートではSOFTBALL過去最高の20位を記録。
02.08 FRENZAL RHOMB とオーストラリアにて "For the Term of their Unnatural Lives TOUR" スタートブリスベン、シドニー、メルボルンでも地元BANDをしのぐ大人気ぶり。SOFTBALLがメインを務めたシドニーのクラブでは、300人を越す超満員。SOFTBALLの演奏でオージー達も大狂乱。他の数千人のホールでも、きっちりと FRENZAL RHOMB をサポートした。
02.23 2.28PEACE PARK で開催された"SAY YES TO TAIWAN 2002 "今回2度目の出演の台湾独立イベント。トリ前を務めたSOFTBALLの演奏直後に「朝まで生テレビ」でも有名な、台湾政府国策顧問の金 美齢さんがゲストとして登場。会場への熱いメッセージを宣べられた後、SOFTBALLのリストバンドを腕に、メンバー達と熱いダンスを繰り広げた。
03.06 VIDEO・DVD "REMEMBER THE ZERO-FIGHTER" をリリース。
03.10 bay FM "NEO STREAM NIGHT" のコーナーを1ヵ月間担当。第1、2回のゲストはエッセイストでもあり"JUST TRY IT" "0228"の台湾語訳もして頂いた、謝 雅梅さん。 第3、4回のゲストは真珠湾雷撃隊パイロットの前田 武さんという特別ゲストを迎え台湾の事情や戦争について、20分ではとても伝えきれない、濃く熱いトーク交わした。
04.28 "Lamp TOUR"スタート4/28 渋谷ON AIR EAST、4/30・5/1 名古屋APOLLO THEATER、5/2心斎橋CLUB QATTORO、5/5 広島NAMIKI JUNKCTION 5/11 仙台MACANA、5/25 札幌BESSIE HALL
06.08 鹿児島知覧で戦時中、当時女学生で特攻隊を桜の花を振って見送ったお祖母さんと対談。
06.15 知覧かじか合唱団とのレコーディング。戦時中、特攻隊の舞台となった街の人達との親睦。
07.08 北海道夕張の廃虚の小学校や工場でPVの撮影。失われていく街のメッセージを、歴史をリアルに伝えようと多角度で挑戦。そうしている間にもPVで撮影された建物のひとつが、撮影の次の週に無くなった。
08.10 長崎Sky Jamboreeに出演。原爆投下の日とその平和への祈りが込められたイベントに出演。ステージでは日章旗を掲げて、業界関係者からも多くの批難を浴びる。しかし、平和の意味は表面的な反戦の声だけでは、伝わらない事を、行動とMCで伝え、九州の若者達からは絶大な共感を得る。その後も沖縄の自衛官からも「平和を築く事とは…」という深い気持ちの応援メッセージを受けとった。
08.21 5th MAXI SINGLE「童部-WARAWABE-」をリリース。
08.24 “童部-WARAWABE-”TOUR。8/24神戸チキンジョージ 8/26鹿児島SRHALL 8/28長崎スタジオDO! 8/29博多DRUM SUN 8/31名古屋ダイヤモンドホール 9/2広島ナミキジャンクション 9/5渋谷Club Quatro
09.01 ASIAN MAN RECORDSのコンピレーション(ワールドリリース)に参加。
09.11 オーストラリアのバンド"ResHeads"と、NOFXとのワールドツアー中"FRENZAL RHOMB"とのJAPAN TOUR。9/11清水JAM JAM JAM  9/12名古屋APOLLO THEATER  9/14本八幡ROUTE14  9/17仙台JUNKBOX
10.01 世界を彷彿させるアートデザイナーOBEY GIANTのコンピレーションに、日本代表のPUNK BANDとして選ばれる。他にはBAD RELIGIONのJAPAN TOURをサポートした、BOUNCINGSOULや元NIRVANAのメンバーやデッドケネディーズのビアフラ、ビースティーボーイズなどのメンバーが参加。世界での認識が更に深まった。
12.04 6th MAXI SINGLE「HISTORY」をリリース。
2003
01.16 3rd FULL ALBUM「八紘一宇」をリリース。
02.20 SAY YES TO TAIWAN 2003に参加。『大和魂』と書かれた日章旗を振りかざして登場。
03.13 “八紘一宇 TOUR”スタート。 3/13渋谷AX 3/14仙台JUNK BOX 3/16札幌BESSIE HALL 3/22広島ナミキジャンクション3/24長崎DRUM Be-7 3/25博多DRUM Be-1 3/27鹿児島SR HALL 3/29大阪2nd LINE 3/30神戸STAR CLUB 4/1滋賀ハックルベリー 4/2名古屋APOLLO THEATER
04.02 名古屋APOLLO THEATERにて最終公演。
SOFTBALL解散。五年間の活動に終止符を打つ。

 

2003
08.15 名古屋APOLLO THEATERで行なわれたLAST LIVEの全26曲の映像を収録したDVD「SOFTBALL LAST LIVE」を、“八紘一宇 TOUR”各会場のアンケート用紙記入者と関係者のみ限定で、500枚を発売。その後、このDVDはオークションでは\53000の高額売買にもなっている。
12.08

“八紘一宇 TOUR”の各会場でのシーンを収録したDVD「SOFTBALL 八紘一宇 LAST TOUR」を通販のみでの発売。こちらも数量限定での発売。しかしその後も、再プレスの要望が続き、発売期間も延長された。

2004
01.21 インディーズ時代の活動を集めて収録した映像、「SOFTBALL INDEPENDENT FILM」をDVDとVHSで発売。渋谷109前でのゲリラライブの模様や台湾でのライブ映像も含まれている。全国のインディーズ取扱店で購入可能となった。
2006
12.22 長く続いた再発の要望に応えて「SOFTBALL LAST LIVE」DVDをMOE'S会報会員での先行発売をする。会報やポストカード、ポスターなども同封されたBOXセットとなり、LAST TOURで発売されていた手ぬぐいやステッカー全セットなど60点以上のアイテムが入ったスペシャルBOXなども用意された。会報会員優先となった為に、会員以外からの強い要望も数多く寄せられ、合計220セットのうち100セットはmixiからの受付を可能にした。